週末の過ごし方
『カール・ラガーフェルド:Becoming』
いま観るべき、おしゃれな海外ドラマとは? #100
2025.06.19

“モード界の皇帝”と呼ばれたカール・ラガーフェルド。彼がファッション業界に与えた影響は計り知れなく、2019年に逝去後もさまざまな手法で伝説は語り継がれている。
メトロポリタン美術館では、彼が手がけたCHANEL、Chloé、FENDI、そして自身のブランドでの作品が並び、特別展『Karl Lsgerfeld:A Line of Beauty』が開催。その年のメットガラのテーマは、「カールに敬意を捧ぐ」となった。
今回紹介する『カール・ラガーフェルド:Becoming』では、彼がココ・シャネルの逝去後迷走していたCHANELのシグネチャー要素を革新的に再構築しよみがえらせ、圧巻のショーで世界を震わせ、その名を世にとどろかせるまでを描いた。
1972年、舞台はパリ。ファッション業界人やモデル、アーティストが集まるナイトクラブで、作家を目指す19歳の青年ジャック・ドゥ・バシェールは、モデルを引き連れ闊歩(かっぽ)するカール・ラガーフェルドにひかれた。
なんとしてでも近づきたいジャックは、詩的な言葉を手紙に記す。それを気に入ったカールは、ジャックをゲイクラブに呼び出した。挑発的な服を着て現れるジャック。ミューズになるため好かれようと懸命にカールが好む知的な話題を向けたが、彼は素っ気なく帰ってしまう。
しかし後日、カールは当時ライバル関係にあったイヴ・サンローランのショーの招待状を受け取り、ためらってはいたものの参加する決意をする。そして、同伴者としてジャックを呼び出したのだった……。
カール・ラガーフェルド、ジャック・ドゥ・バシェール、そしてイヴ・サンローラン。まさかこの日の出会いが、傷つけ、ぶつかり合い、破滅に向かってしまうとは、誰も予想だにしていなかっただろう。
私生活についてあまり語られてこなかったが、カールとそのパートナーであるジャック、イヴ・サンローランとの三角関係はファッション界では有名な話だ。本作では、長年ライバル関係でありながらも、親友だったカールとイヴが同じ男を取り合っていた時期を中心に描き、そのミステリアスな関係性がどのように彼らに影響を与えたかを知ることができる。
ジャックのような若者の生活を、経済的に余裕のあるカールのような者が支える、いわゆる“パトロン文化”はこの業界ではありふれたことだった。出合い頭にカールをルイ14世(ヴェルサイユに芸術家や建築家を招き、芸術大国に育てたことで有名)に例えていたことから、最初からジャックはそのつもりだったのかもしれない。
イヴとジャックは性的な関係を持っていたが、カールとは生涯肉体関係を結ぶことはなかった。プラトニックな関係でも、退廃的で危ういジャックを芸術的存在そのものだとし、ジャックがエイズで他界するまで献身的に支えつづけていたのだ。本作は、かくも魅力的な男「ジャック・ドゥ・バシェール」を知ることができる、日本で唯一の作品なのかもしれない。
ファッション界を描くだけあって、それぞれの衣装の再現性は素晴らしく、エレガントで洗練されている。フェンディの5人姉妹も見ればすぐに気づくほど、それぞれの特徴を生かした役作りが徹底して演出され、敬意を感じることができる。インテリア、建築、街並み、スケッチまでも美しく、それらを観るためだけにもう一度観返してしまうほどだ。
まるで正反対な2人がひかれ合い、傷つきながらも支え合った愛の物語。おそらくプライベートをさらされることを人一倍嫌ったラガーフェルド氏のことだから、生きていたらきっと激怒したに違いないだろう。しかし、“モード界の皇帝”と呼ばれるまでの彼が、どんな苦悩をし、どう闘ってきたかを知りたくなってしまうのは必然……。
冒頭に制作者の意図に基づき創作・修正されていると大きな注釈が入るほど配慮がなされており、すべてが真実だとは限らないことはわかっている。それでも出生地のコンプレックスや、繊細さ、謙虚さ、内に秘めた情熱などが細やかに描かれ、サングラスの向こう側を少しでも知れたような気持ちになれる、素晴らしい作品だ。
『カール・ラガーフェルド:Becoming』はDisney+にて全6話、配信中。
Text:Jun Ayukawa
Illustration:Mai Endo